Internet Explorer クロニクル~愛と憎しみの Internet Explorer 6~


新年、あけましておめでとうございます。

今年 2015 年は新しい Windows や、それに搭載される新しい Internet Explorer、さらに熟成の進んだ Visual Studio が登場してくるなど、非常に楽しみが多い年です。

本年もひきつづき、皆様の役に立ちそうなテーマをブログで取り上げていきたいと思いますので、何卒よろしくお願いします。

さて、今回は、Internet Explorer の歴史について誕生から Internet Explorer 6 登場までの時期をメインに、当時の他のブラウザーの状況も含めて簡単に紹介していきたいと思います。

「なんでいまごろ IE6 の記事?」と思われるかもしれませんが、以下のような背景があります。

 

幻の Internet Explorer 6 お別れイベント

去年の春ごろ、Code IQ MAGAZINE さんに「愛と憎しみの IE6 ── 当時のIE開発者と現開発者が本音と思い出を語り合う(前編)(後編)」というインタビュー記事を公開していただきました。じつはこの件、当初はインタビュー記事の予定ではなく、「愛と憎しみの Internet Explorer 6」というイベントを行う予定でした。

Internet Explorer 6 は、去年 (2014) の 4 月 8 日で、Windows XP のサポート終了とともにその長いサポート期間を終了したわけですが、偶然にも、その翌日の 4 月 9 日のマイクロソフト品川オフィスのセミナールームのスケジュールを、まる一日担当者からいただきました。これは運命と思い、「愛と憎しみの Internet Explorer 6」タイトルで Internet Explorer 6 のお別れイベントを行おうと考えました。

イベントの内容は、最初の Internet Explorer がリリースされた時代から Web の開発/制作に携わっている方々にお集まりいただき、「Internet Explorer 6 に対する”憎しみ”を存分に語り合う LT 大会のようなもの」(& Twitter で多くの人からコメントをいただく、もちろん、罵詈雑言 OK )というものでした。

当然、製品に関わるものなので、私個人か勝手に進めることはできません。そこで Internet Explorer の日本のプロダクトマネージャー(以降 PM) に確認したところノリノリで承諾いただき、コミュニティなどで活躍されている方々にも前相談したところ、これまたノリノリの反応をいただきました。

そのうちになんと、PM から「当時の Internet Explorer に関わった人たちを呼べるかも」という話しになり、それであればインタビュー記事にしたほうが濃い内容になって文章としても残る、ということでイベントは行われずこのインタビュー記事になったわけです。(※)

(※じつは、副部長を拝命させていただいているコミュニティ html5j – Web プラットフォーム部の立ち上げイベントの場所を探していたこともあり、それにセミナールーム使いたいという気持ちもありました)

インタビュー記事は、当時の貴重な話しが聞けて大満足だったのですが、タイトルが「愛と憎しみ」というわりには「愛」を語るだけの一方的に内容になってしまったなァ、と、なんだかもんやりした気持ちも残りました。

当初の目的は、登場してからサポートが終了するまでの Internet Explorer 6 の姿を、良いも悪いも含めあきらかにする、というものだったので、Code IQ MAGAZINE さんの記事のように Internet Explorer 6 への「愛」を語る一方で、 Internet Explorer 6 に苦労をさせられた Web 制作者の方々のなみなみならぬ「憎しみ」も存分に吐きだしていただき、同じ経験をした人たちと文字どおり「愛と憎しみ」を共有したかったというがありました。

そんな思いもあり、せめて Internet Explorer の歴史を紹介しその姿をつまびらかにしようという目的で、Code IQ MAGAZINE さんのインタビュー記事公開直後に書き始め、8 割がた書いたものの、ちょうど de:code の準備やその他のこともあり業務が忙しくなり中断していたものですが、今回、正月休み明けの時間を使って仕上げてみました。

 

免責事項

この記事に書かれている内容につきましては、Web の情報や、当時の PC 雑誌などを参考にしましたが、出典を明らかにするのがむつかしいものもあり、また、参考にした情報自体が絶対に正しいかどうか確認する術もなく、さらには、私個人の所感に過ぎないと言われれば、なるほどそうかなー、という部分もあります。よって、ここに書かれている内容につきましては、残念ながらこちらで事実であるかどうかは保証できません。あくまでも史実ではなく、「過去に起こった出来事をもとにした物語」程度にとらえお楽しみいただければと思います。

 

* * *

 

2014 年 4 月 8 日で、Windows XP のサポートが終了し、それと同時に Windows XP の標準 Web ブラウザーとして搭載されていた Internet Explorer 6 のサポートも終了を迎えました。

この Internet Explorer 6 こと IE6 は多くの人々に使用される一方で、Web 標準からはずれたその独自の振舞いは多くの Web 制作者の反発をかうものの、そのシェアはなかなか減らず、後年では、マイクロソフトの某現地法人からさえ「腐った牛乳」とさえ呼ばれ、使用の終了を促されるほどでした。

忘れられない出来事があります。

2013 年、CSS Nite さんとご一緒させていただき、セミナーで地方をまわった際に、セミナーのアンケートに「マイクロソフト社員は IE 6 で Web の進化を停滞させてことを反省してほしい」というコメントをいただきました。

たしかに、気持ちはわからないでもありません。

Internet Explorer 6  の時代にそぐわなくなった使用と、Web 標準に準拠しないコンテンツの解釈、それでいて、なかなか減ることのないシェアは、Web 制作の工数をいたずらに増やし、実装の難易度を上げ、場合によっては他の Web ブラウザーではあたりまえの機能の搭載を断念せざるを得なくなるといったこともあったことでしょう。昨今の状況だけを見れば「IE6 が Web の進化を遅らせた」と言われても仕方がないのかもしれません。

しかし、本当にそれだけでしょうか?

Internet Explorer 6 は Web の進化を停滞させるだけで、 Web の進化に寄与した部分はまったくなかったのでしょうか?

そこで今回は、リリース当時、高性能なアプリを作れる画期的な Web ブラウザとして脚光を浴び、多くの開発者に愛された Internet Explorer 6  が、なぜ、晩年、"Web 標準をないがしろにするならず者"としてこれほどまでに忌み嫌われ、Web 制作者から蛇蝎のごとく憎まれるようになってしまったのか、歴史を正しくつまびらかにし、その光と影にスポットを当ててみたいと思います。

 

 

Internet Explorer クロニクル

 

スタート、Internet Explorer

Internet Explorer の歴史は、1995 年に Windows 95 と同時にリリースされた Internet Explorer 1 から始まります。

Spyglass からライセンスを受けた NCSA Mosaic をもとに開発されたこの幼い Web ブラウザーは、table タグが描画できないほどの低機能であったり、前年の末にリリースされた Netscape Communications 社の Web ブラウザー Navigator 1.0 が人気を博していたこと、また、インターネット自体がそれほど一般に普及していなかったこともあり、ほとんど使用されることはなかったと言われています。

この当時の Microsoft は、インターネットが一般に普及するまでにはまだまだ時間がかかると考え、Internet Explorer を Windows 本体に含めることはせず、有償で販売されていた OS の機能拡張バックである Windows plus! for Windows 95 に含める形でリリースしていました。 

しかし状況は変化していきます。

Windows 95 は NOS(Network Operating System) を搭載しており、通信プロトコルとして TCP/IP を選択することかできました。これは OS からそのままインターネットに接続できることを意味し、Web ブラウザーさえインストールすれば WWW (World Wide Web) を閲覧することができました。結果、Windows 95 は一般ユーザーへのインターネットの普及を促進し、インターネットの利用者は爆発的に増えていきました。

その状況からインターネットの重要性を認識した Microsoft は、インターネットを重要視した戦略へと舵を切りなおし、Internet Explorer の機能アップを急ぎます。Windows 95 リリースからわずか 3 か月後のその年の 11 月には  Internet Explorer 2.0 がリリースされました。Internet Explorer 2 は SSL、cookie、VRLM などをサポートし、Microsoft Internet Starter Kit for Windows 95 や Windows 95 OSR2 に含まれ無償提供されるようになりました。

この事態は、すでに Web ブラウザーのデファクト スタンダードとなっていた Netscape 社の Navigator とのシェアをめぐる戦いを引き起こしました。後に言われる「ブラウザ戦争」の始まりです。この時期、両者とも各 Web ブラウザーの機能強化に心血を注ぎ、短い期間でのアップデートが繰り返され、Web ブラウザーは急激に進化していきます。

翌 1996 年 8 月 には、Spyglass の技術を踏襲しつつもソースコードを完全に書き直した Internet Explorer 3.0 がリリースされます。Internet Explorer のアイコンが、おなじみの黒字に青の  e のアイコンに変更されたのはこのバージョンからです。(Internet Explorer 2 までのアイコンは、青空をバックに Windows ロゴがはためくというものでした。) Internet Explorer 3.0 では、ActiveX や Java アプレットに対応し大幅な機能アップを果たしていました。また、JavaScirpt と互換のある JScript をサポートするとともに VBScript もサポートし、部分的ながらメジャー Web ブラウザーとして CSS1 に初めて対応するなど、機能的にも Netscape Navigator に遜色のないものとなっていました。しかし、その当時の Web ブラウザーのシェアは依然として Netscape Navigator がその多くを占めていました

トピック : ミドルウェアとしての Web ブラウザー

Sun Microsystems が 1995 年に公開した Web ブラウザー HotJava では、Web ブラウザー上で外部の Java VM を使用したプログラムが動作する仕組みが搭載されていました。翌年にはこの仕組みを Netscape Navigator と Internet Explorer も採用します。これ以降、Web ブラウザーは、単なるインターネット上のコンテンツを閲覧する道具ではなく、アプリケーションを配布し、かつ動作させるためのミドルウェアとしての側面も持つようになります。(※)
とくに Internet Explorer では、Windows ネイティブの COM 技術で動作する ActiveX (※)の動作をサポートしていたため、業務用に複雑な処理を行う必要があるイントラネット環境で ActiveX をホストするためのプラットフォームとして利用されるケースが増えました。
(※ここでの「ActiveX」は OLE オートメーションによる機能全般を指しており、ActiveX コントロールに限定されるものではありません。)

また、Microsoft が提供する Office 等に代表される製品群は、OLE オートメーションによるよる呼び出しをサポートしており、セキュリティを適切に設定さえれば、Internet Explorer のクライアント スクリプトから Excel、Word などの機能を呼び出すことが可能となりました。そのため、業務用に作られた Office 製品の VBA アプリケーションとの連携なども行われるようになりました。

その後の Internet Explorer 4 と同じ年にリリースされた Visual Basic 5.0 は Win32 ネイティブコード コンパイラを搭載し、COM コンポーネントを手軽に開発することができました。これにより、それまで Visual C++ などを使用して開発するしかなかった ActiveX コントロールの作成が容易になりました。

ActiveX コントロールは、Visual Basic、Visual C++ などで開発されたデスクトップアプリケーションはもちろん、Imternet Explorer 4 からは、その内部で動作する Web コンテンツからも使用することができました。つまり、ActiveX でコントロールを作成すれば、おなじ UI コントロールをデスクトップ アプリケーションと Web アプリ ケーションで使うことができたのです。また ActiveX コントロールは、JavaScript にはできないファイルシステムなどのローカルリソースへのアクセス、データベース サーバーのような外部リソースへの接続、Socket 通信など、デスクトップアプリケーションと変わらない機能を実装することができました。

こうした、ActiveX の自由度の高い機能は、後年重大なセキュリティ リスクとなりますが、当時はまだそういった懸念はうすく、イントラネット内の Web ベースの業務ツールにも ActiveX コントロールが本格的に使用されるようになっていきます。さらに Visual Basic 5.0 Sevice Pack 2 では、アパートメント スレッドによるスレッド セーフなコンポーネントの作成が可能となり、サーバーコンポーネントとしての利用も広まっていきました。
ActiveX コントロールと ActiveX コンポーネントは、デスクトップアプリケーションやWeb ブラウザー上のコントロール、DCOM コンポーネント、Microsoft のサーバーサイド Web アプリケーション技術である ASP (Active Server Pages) のビジネスロジック部分の開発など、幅広く利用されました。

トピック : プラグインと Web ブラウザー

ユーザーアプリケーションのプラットフォームではなく、純粋に「Web ブラウザーが外部のプログラムをホストする」歴史を開いた、という意味では、NPAPI (Netscape Plugin Application Programming Interface) を提供し、サードベンダー製のプラグインが動作することを可能にした Netscape Navigator 2.0 が最初といえるでしょう。なお NPAPI は当時 Acrobat Reader を Navigator 上で動作させようとした Adobe Systems 社の提案(※)で生まれました。
(※)Adobe Systems 社の開発者、Allan Padgett と  Eswar Priyadarshan は Navigator の最初のバージョンがリリースされた段階でこれを Hack し、Navigator 上に実際に Acrobat コンテンツを表示させて、当時の Netscape Communications 社の CEO、Jim Clark の前でプレゼンを行ったと言われています。 
Netscape Navigator 2.0 ではこの仕組みを使用し、Acrobat Reader はもちろん Macromedia 社の Shockwave Player も動作させることができました。


新しい Internet Explorer と新しい時代

1997 年 9 月に Internet Explorer 4 がリリースされます。 「ブラウザー戦争」最中の、飽くことのない競争の中で産みだされた Internet Explorer 4 は、それまでのどんな Web ブラウザーとも違っていました。

Internet Explorer 4 は単なる Web ブラウザーではなく、より深いレベルで OS との統合が図られ、通常の Web ブラウズの機能だけでなく、Windows 95 や Windows NT 4.0 向けに Active Desktop と呼ばれるデスクトップシェル向けの追加機能も用意していました。   

Active Desktop を使用すると、デスクトップに Web コンテンツを壁紙として配置したり、独立したデスクトップアイテムとして配置できたりといったことができました。また、同時に行われた Windows のデスクトップシェル (4.71、4.72)のアップデートにより、シングル クリックでのファイルを開く操作、フォルダごとの HTML 表示、フォルダの右クリックメニューからの Web 発行ウィザードによる FTP 送信、エクスプローラーのアドレスバーからの URL 参照など、Windows 自身もインターネットとの統合が図られました。普及にはいたりませんでしたが、Channel と呼ばれるプッシュ配信型のメディアも提供していました。

もちろん、Web ブラウザーとしても順当な機能向上が行われており、 Internet Explorer 4 は Web ブラウザーとして初めて HTML 4.01 に対応し、それまで部分的な対応にとどまっていた CSS1 にも完全に対応しました。また独自の機能実装ではありますが、DirextX を使用して HTML に対しフィルタやトランジションを適用することが可能になっており、当時の Web 標準の仕様では実現できない高度な表現を行うことができるようになってもいました。    
ちなみに、まったくの余談ですが、それまで灰色だったドキュメントの背景色が白になったのはこのバージョンからです。

ほどなくリリースされた Windows 98 には Internet Explorer 4 が既定の状態でインストールされていました。OS のセットアップ完了直後からネットワークの設定さえ完了していればすぐに Web へのアクセスすることが可能となっているため、多くのユーザーは Web ブラウザーがなんであるかをとくに意識することはなくそのまま Internet Explorer を使い続けました。また、それまでの Windows そのもののシェアもあり、Web ブラウザー全体のシェアにおいても Internet Explorer の占める割合は多くなっていきました。

しかし、この Windows と Internet Explorer の統合は当時、批判を受け、独占禁止法の問題などが発生します。(Netscape Communications 社も Microsoft に対し不公正な競争であるとの訴訟を起こしました。)

一方、Netscape Navigator は、相変わらずの有償モデルでの販売であったためユーザーの数は頭打ちとなり、徐々に Internet Explorer にシェアを奪われていきます。また、この時代の Navigator (バージョン4.x )では、機能が強化される反面、 CSS を正しく解釈しないなどの品質的な問題を抱えており、こういった状況もユーザーの流出に拍車をかけたと言われています。

さらに同年 (1997)、Micosoft が Apple コンピューターに出資した関係から業務提携が行われ、翌 1998 年 3 月にリリースされた Mac OS 8.1 からは、Internet Explorer for Mac が Macintosh の既定の Web ブラウザーとなり、バージョンは異なるものの Internet Explorer のシェアは拡大していきました。なお、この状況は 2003 年に Mac OS X v10.3 がリリースされるまで続くこととなります。

 

新しい Internet Explorer への進化

Internet Explorer 4 では、レンダリングエンジンに新たに、現在の Internet Explorer でも使用される Trident を採用しました。

Trident は開発者がアプリケーションのパーツとして使用できるように COM コンポーネントとして作られており、さまざまなアプリケーションに Web ブラウズの機能を提供するとともに、サードパーティーから Trident を使用した「 IE コンポーネント ブラウザ」などもリリースされるようになりました。また、マイクロソフトも Office 製品や開発製品などで Trident を使用しています。

Trident は HTML 文書に JavaScript からアクセスさせる仕組みも強化しました。同様の簡単な機能は Internet Explorer 3 の時代からサポートされていましたが、Internet Explorer 4 では、JavaScript から HTML 文書内のすべての要素にアクセスし動的に変更できるようになりました。

同様の仕組みを Netscape Navigater も持っていましたが、両ブラウザーが提供するクライアント スクリプト間では、この処理の記述に互換性はなかったため開発者ば別々の JavaScript を記述する必要がありました。この状況を鑑みた W3C はクライアントサイドスクリプトが HTML ドキュメントにアクセスする際の処理を標準化すべく Document Object Model(DOM)を勧告するにいたります。

JavaScript から HTML 文書を操作し、動的に変更する技術は Dynamic HTML (DHTML) と呼ばれ、Web のドキュメントをリッチにするとともに、アプリケーションの UI としての可能性を広げることになります。

 

好敵手の失速

Internet Explorer 4 との熾烈なシェア争いが続く中、Netscape Navigator の進歩に陰りが見え始めます。
Netscape Communications 社 は、1996 年から1997 年にかけて Netscape Communicator の 5 つのプレビュー版を立て続けにリリースし、1998 年 1 月には「将来のすべてのバージョンを無償で提供しミュニティによって開発と保守を行う」と発表を行い Netscape Communicator 5.0 を発表します。しかしながら、そのためのメジャーバージョンアップは遅々として進まず(※「元にしたソースが長年使われ複雑化していたため」と言われています)、その間を埋めるかのように、その年の 10 月に Netscape Communicator 4.5 をリリースします。しかし、Web ブラウザーの基幹部分はバージョン 4.08 のままという状態でした。    

そして、Netscape Communicator 4.5 リリースからわずか 1 か月後の 11 月、Netscape Communications 社は、大手インターネットサービス会社である AOL に買収され、同時に Netscape 5 の開発を中止し、まったく新しいプログラムをゼロから開発することになりました。

こうした開発の遅れは、計画的なマーケティングと機能的にも高度な実装を果たしていた Internet Explorer 4 の後塵を浴びることとなり、徐々にシェアを失い、ついにはマーケットリーダーの座を Internet Explorer に明け渡すことになりました

Web ブラウザー Netscape Navigator  としては、Windows 用 にはバージョン 4.08 より後のバージョンはリリースされず、2000 年に Mozillaプロジェクトによって Netscape Navigator  6 (※)がリリースされるまで、市場におけるその系譜は事実上潰えることになります。

(※訂正: Mozilla 浅井氏によれば「NN6はMozillaによって出されたのではなく、Mozillaプロジェクトの成果(開発中のコード)を元にAOLから出されたものです」とのこと)

 

Netscape Navigator 去りしのちの

Netscape Navigator が消えた Web では Internet Explorer の独壇場でした。今やオペレーティングシステムでの競合相手である Apple Computer 社のコンピューター Macintosh にさえ標準 Web ブラウザーとして Internet Explorer が既定でインストールされていました。

1999 年の 3 月には Windows 98 Second Edition と Office 2000 にバンドルされるかたちで後継の Internet Explorer 5.0 がリリースされます。

圧倒的なシェアの中にあっても、Internet Explorer への投資は弛まず行われ、Internet Explorer 5.0 では、部分的ながら CSS2 や DOM Level 1、XML に対応し、マイナーな機能ながらルビ、MHTML などに対応していました。また、後の時代に Web 制作の現場で頻繁行われることになる「IE ハック」を行う際の重要な機能である条件付きコメントがサポートされるようになりました。

後に Web コンテンツの利用に大きな変化を及ぼすことになる Ajax (Asynchronous JavaScript + XML) を実現するための必須コンポーネント XMLHttpRequest が搭載されたのもこのバージョンからです。XMLHttpRequest は、当初、Outlook Web Access 2000 の UI において、ダイナミック HTML と組み合わせたインタラクティブな Web ページの部分更新を実現する目的で ActiveX オブジェクトとして実装されました

さらに、Internet Explorer はデスクトップ アプリケーションのプラットフォームとしての機能も持つに至ります。Internet Explorer 5.0 からサポートされた HTML Application(HTA)は、DHTML の機能を利用して Windows のデスクトップ アプリケーションを作成することができました。HTML ファイルの拡張子を「.hta」に変更するだけで ActiveX やローカルファイルへのアクセスに制限がなくなり、従来のデスクトップ用のアプリケーションと変わらない自由度で Web ベースのアプリケーションを作成することが可能でした。(※実際のところ Visual Basic 用の ActiveX コントロール、Windows のさまざまな機能、アプリケーションは ActiveX コンポーネントとして利用できるので、工数さえ厭わなければ従来のデスクトップ アプリケーションと遜色のないものを作ることは機能的に可能でした。)

Internet Explorer 5.0 では、 Internet Explorer 4 のような、ある種、突飛とも言えるような機能追加は行わず、ある意味手堅い機能を実装を行っていましたが、この頃からセキュリティホールの問題がしばしば指摘されはじめます。その件をうけ、同年 12 月には不具合の修正や暗号強度の強化を含んだマイナー アップデートである  Internet Explorer 5.01 がリリースされます。

しかし、これ以降、Internet Explorer の実装は精彩を欠いたものになっていきます。

2000 年 7 月に Internet Explorer 5.5 がリリースされます。このバージョンでのアップデートは、印刷プレビュー機能の搭載、CSS2の対応強化、XSLTの対応、縦書き表示など、引き続き前バージョンからの堅実なアップグレードとしてとどめたため動作安定性には比較的優れていたと言われています。しかしながら CSSや XSLT の対応が不十分であり、Web 標準に従ったページの作成を行った際には正しく表示されないなどの問題があったと言われています。当時は Internet Explorer が圧倒的に普及していたこともあり、そのことが大きく取り上げられることはあまりありませんでしたが、その状況は、実直に Web 標準に沿ったコンテンツ作りをしていた Web 制作者たちの不満をつのらせていくことになりました。  

 

愛と憎しみの Internet Explorer 6

2001 年 8 月に、Internet Explorer 史上、もっとも長くカレントバージョンの Web ブラウザーとして使用されることになる Internet Explorer 6 がリリースされます。Internet Explorer 6 は Windows 98、Windows NT4.0 からの Windows OS に提供されるとともに Windows XPWindows Server 2003 の標準 Web ブラウザーとして提供されました。

Internet Explorer 6 では DHTML の拡張、CSS2 の対応強化、DOM Level 2 と SMIL 2.0 への部分的な対応を行いました。

Internet Explorer 4 から行われた DOM や、その他の独自機能も含めたアプリケーションの開発基盤としての実装はそれまでのデスクトップ クライアントアプリケーションの UI を置き換えるのに充分な機能と安定性を有しており、Internet Explorer 5.x の時代から徐々に始まっていたデスクトップ アプリケーションから Web ベースのアプリケーションへの置き換えをさらに加速させました。

しかしながら、その一方で、そのころ既に勧告となっていた XHTML をサポートしておらず、PNG や CSS2 の対応も不完全であるなど、最新の技術に対応しているとはいえない内容となっていました。とくに XHTML の非対応は Web 制作には深刻で、XHTML が普及しなかった要因のひとつとさえ言われています。
そういった対応の遅れを抱えていたものの、前バージョンからの互換性と圧倒的なシェアを前に、そういった点が問題になることは、当初まだ、それほどありませんでした。

その後、圧倒的なシェアを保持しながらも、しばらくの間 Internet Explorer の進歩は停滞することとなります。

2002 年 1 月、Windows 2000 時代の Code RedNimda に代表されるような、コンピューターウィルスへの大規模な感染や、度重なるセキュリティホールの発見による製品の信頼性の低下を危ぶんだ Microsoft は、Windows のセキュリティを根本から強化する目的で、製品のすべてのコードの見直すとともに、セキュリティに関する体制の強化、従業員のトレーニングに時間を割くことを目的とし、当面のあいだ新たな Windows 開発の全てを凍結することを決定します。   

Internet Explorer 6 については、その年の 9 月に SP1 が提供されるものの、その後、およそ 2 年という異例ともいえる長期のあいだサービスパックの提供は行われず(その間、修正モジュールは提供されていた)、2004 年の 8 月後半に提供された SP2 では、セキュリティ向上を目的とした仕様の変更と廃止、ポップアップブロックなど、あくまでセキュリティを目的としたいくつかの機能が追加されたにすぎませんでした。

その後 Internet Explorer 6 は、2006 年 10 月中旬に後継の Internet Explorer 7 がリリースされるまで、リリースから約 5 年、SP2 から 2 年ものあいだ、目立った機能追加が行われることがないまま多くのユーザーに使用されることになりました。

その間にインターネットで使用される技術は進み、Internet Explorer 6 の仕様はあきらかに時代遅れなものになっていきました。しかし、バージョンアップがされないということは、それによるあらたな検証作業も、学習も、仕様変更による改変も、互換問題も発生しなということであり、とくに、サポート Web ブラウザーを固定することができる Web アプリ開発などでは 、新陳代謝の止まった IE6 寡占による奇妙に安定した開発が行える状況が続く状態となりました。
Internet Explorer 6 は、新しく記述したページも、「それまで通り」に動作し、新しく開発した ActiveX も「それまで通り」にホストされ、不具合や誤ったマークアップや CSS も「それまで通り」の方法で回避することができました。決して少なくない開発者が、ある意味「Web 標準」とは遠く離れた、およそ対極とも言えるべき「IE6 標準」という限定された理想郷の中で幸せに暮らすことができていました。

しかし、その理想郷が永遠に続くことはありませんでした。

時代の変化についていけないものがどうなってしまうのか?、さまざまな歴史をひも解くまでもなく、「IE6 標準」は時間の流れとともに瓦解していきます。

Internet Explorer 6 の進化が停滞している間に新興してきた Web ブラウザーの台頭、XHTML などの Web 標準技術の普及に伴い、Internet Explorer 6 の他の Web ブラウザーとの互換性のなさ、Web 標準に準拠しない仕様が徐々に露呈しはじめ、Web 制作の現場から多くの不満を買うことになりました。

しかしながら依然として Internet Explorer 6 のシェアは高かったため、Web 制作の現場では対応せざるを得ませんでした。Web 制作者は CSS ハックなどの、コンテンツの制作においては本来は必要ないはずの技術を存分に発揮して、Internet Explorer 6 ユーザーでも快適にコンテンツが見れるよう努力を重ねました。
その結果、いつまで経っても Internet Explorer 6 ユーザーが減らないという皮肉な状況も生まれ、Internet Explorer 互換のためだけの不毛な作業を続けなければならない Web 制作者たちは Internet Explorer 6 への憎しみを徐々につのらせていくことになります。

Netscape ブラウザーの復活と終焉

新しい世紀の到来を間近に控えた 2000 年 11 月、前バージョンからおよそ 2 年ぶりに新しい Netscape ブラウザー、バージョン 6.0 がリリースされます。
Netscape 6.0 は、複数のプラットフォームのサポートや W3C 勧告への準拠などに注力したものでしたが、Mozilla プロジェクトの遅れから内容的にも品質的にもバージョン 1 にも満たないものであったと言われており普及には至りませんでした。

2002 年の 8 月末にバージョン 7.0 が、2003 年 6 月末には バージョン 7.1 リリースされますが、その翌月の 7 月には Netscape 開発部門の解体と従業員のレイオフが行われ Mozilla Foundation の設立されました。これより Netscape という名前 Web ブラウザは消滅すると誰しもが思いましたが、その予想をくつがえし、AOL は 2004 年 8 月にバージョン 7.2 をリリースします。    

その後、2007 年 1 月に Mozilla Firefox 2.0 をベースとした バージョン 9 がリリースされますが、12月28日、Netscape 全バージョンのサポートを2008年2月1日をもって終了すると Netscape 公式ブログで発表されます。かくして「Netscape」の名を冠した Web ブラウザーは 90 年代前半からつづくその長い歴史にピリオドをうち、 ここに事実上の終焉を迎えたのでした。

 

新興 Web ブラウザーの隆盛

Internet Explorer 6 が機能的な足踏みをしている間のほぼ同じ時期に、時代の要求に応えるかのように新しい Web ブラウザーたちが登場してきます。

Apple SafariMozilla Firefox です。

 

Safari の誕生

2003 年 1 月の MacWorld サンフランシスコで、OS X の最初のベータバージョンとともに、同社が開発した初めての Web ブラウザー Safari 0.8 が公開され、その年の 6 月に正式なバージョン Safari 1.0 がリリースされます。その直後、Microsoft が Internet Explorer for Mac の開発を中止すると発表したことから、その年の 10 月にリリースされた Mac OS X v10.3 からは Safari 1.1 が標準 Web ブラウザーとして搭載されました。以来、Apple 社のコンピューター、タブレット、電話の標準 Web ブラウザーとして使用されるようになります。

Safari は 、HTML のレンダリングエンジンとして KDE オープンソースプロジェクトKHTML を Apple 社内でフォークして作成した Webkit を使用しました。JavaScript のエンジンとしては、同じく KDE の JavaScriptエンジン KJS を搭載していました。(※1)    

Webkit は 2005 年に、オープンソース化され、その後、Google Chrome (※2) をはじめとするさまざまな Web ブラウザーのレンダリング エンジンとして利用されるようになりました。
(※1)意外なことに KHTML と KJS は当初 Internet Explorerとの高い互換を目指し開発が行われていました。
(※2) ただし、Chrome 28 からは Webkit をフォークした
Blink を採用しています。

 

Mozilla の逆襲

2004 年 11 月 9 日、Netscape 時代の Mozilla プロジェクトの最期の灯火(ともしび) である HTML レンダリング エンジン Gecko を搭載した Firefox 1.0 がリリースされます。それから約一か月後の 12 月 16 日には、ニューヨークタイムズ紙にファン主催の “Spread Firefox” キャンペーンによる 2 ページに渡る全面広告が掲載されるなど、Firefox は、長年 Mozilla ブラウザの復活を待ち望んでいたファンたちの熱狂を持って迎え入れられました、

華々しくリリースされた Firefox ですが、リリースされるまでには紆余曲折あり、けっして順風満帆とは言えませんでした。

まず、Firefox は当初、「Firefox」ではありませんでした。

Netscape と袂(たもと)を別ったあと、Mozilla Foundation が自らの Web ブラウザーに冠した名前は「Firefox」ではなく「Phoenix」でした。
その名前の由来は公式には語られていないようですが「Phoenix」(不死鳥) という名前から、開発者らがこの Web ブラウザーにどのような想いを込めたかは明白でしょう。
そんな強い想いの込められた名前でしたが、改名さぜるをえなくなります。PC の BIOS の作成などを行う老舗ソフトウェア会社 Phoenix Technologies との商標問題です。かくして、名前の変更は余儀なくされましたが、開発者らがその Web ブラウザーに込めた強い想いは揺るがなかったのでしょう、「Phoenix」という名前はその別名でもある「Firebird」に置き換えられます。

しかし、運命はまたもや彼らに NO を突き付けます。

新たな名前について、今度はオープンソースのデータベースプロジェクト Firebird のコミュニティから強い反発を受けることになります。再び名前の変更を余儀なくされた Mozilla Web ブラウザーは、「Firebird」と類似性があり、コンピューター業界でも独自性がある、ということで「Firefox」と改めて命名されたのでした。

その後、「Firefox」と名を冠された Web ブラウザーは公開からわずか公開から 1 カ月余りで 1000 万ダウンロード突破し、Internet Explorer のシェアを脅かすほどの人気 Web ブラウザーとして成長し、 Netscape 時代の逆襲を果たすのでした。

(※ここで、「Chrome の話は?」 と思われる方もいるかも知れませんが、基本的には Internet Explorer の開発が IE6 で停滞している時期のものについて書いていますので、Chrome については省略しました。ちなみに Chrome が最初にリリースされたのは 2008 年 12 月で、意外と最近です。また、Internet Explorer や Netscape Navigator /Firefox のようなドラマチックな歴史も見つけられなかったので。)

 

アフター Internet Explorer 6

新興の Web ブラウザーが隆盛してくると、Internet Explorer 6 の互換性の低さ、時代遅れとなった仕様がますます浮き彫りになり、多くの Web 制作者から「Web 標準をないがしろにするならず者」として忌み嫌われるようになっていきます。

そんな中、2006 年 10 月中旬、Internet Explorer 6 のリリースから数えることおよそ 5 年と 2 か月ぶりに新しいバージョンの Internet Explorer、 Internet Explorer 7 がリリースされます。

Internet Explorer 7

Internet Explorer 7 では、セキュリティ機能については大幅な変更と機能追加が行われており、それまでの Internet Explorer では既定で有効であった ActiveX コントロールの多くが無効の設定となり、フィッシング詐欺対策として、Web ブラウザーとして初めて Extended Validation 証明書に対応したフィッシング詐欺検出機能を実装しました。

仕様は、若干ではあるものの、他の Web ブラウザーと互換性を意識したものに変更され、UI はその時代の最新 Web ブラウザーが採用していたタブ ブラウジング機能や検索ボックスの採用、スクリプトでは、それまで ActiveX で実装されていた XMLHttpRequest をネイティブ機能とするなどされました。
Web 標準という観点からは HTMLやCSS、DOM について Web 標準に準拠するよう改善、CSS2 のいくつかのセレクターやプロパティがサポートされるようになりましたが、それまでの Internet Explorer との互換性の問題もあり消極的な対応にとどまりました。  

Internet Explorer 8

2009 年 3 月にリリースされた Internet Explorer 8 では、Internet Explorer としてはじめて、Web 標準準拠を意識した Web ブラウザーとなっており、Internet Explorer で始めて acid2 テストに合格しました。

Internet Explorer 8 は、Web 標準と以前のバージョンの Internet Explorer との互換性を両立すべく、ドキュメントモードという後方互換性を担保する機能を新たに採用しました。

他ベンダーの Web ブラウザーとの相互運用性を高めるために Web 標準準拠の方向に舵を切り直し acid2 テストにも合格した Internet Explorer でしたが、その時点で、多くの Web ブラウザーにレンダリング エンジン WebKit を提供していた Safari は既に acid3 テストに合格していました。ちなみに Internet Explorer 8 の acid3 テストのスコアは 26% 程度です。結果として他の Web ブラウザーの表示の互換はとれず、Web 標準ブラウザーとはみなされませんでした。

 

Internet Explorer 9 〜

Internet Explorer 8 リリースからおよそ 2 年後の 2011 年 3 月 11 日にリリース (日本では東日本大震災の影響で日本時間4月26日) に Internet Explorer 9 がリリースされました。Internet Explorer 9 は acid3 テストにも合格しており、当時、策定前であった HTML5 仕様の中から、以降変更が発生しないであろうというものから実装を開始しました。これは、Internet Explorer がエンタープライズ領域で使用されることが多く、Web ブラウザーの仕様変更が大きなインパクトを与える可能性があるためです。

その後、Windows 8 のリリースとともに Internet Explorer 10 が、Windows 8.1 のリリースとともに Internet Explorer 11 がリリースされました。

Internet Explorer 10 からは HTML5 対応、ドキュメントの互換性を含め他のモダン Web ブラザーと遜色のないものになっており、ようやく Web 標準した Web ブラウザーとなりました。

 

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(IE6 からの Internet Explorer の系譜)

さようなら Internet Explorer 6

Internet Explorer 6 は、2014 年 の 4 月 8 日でサポート期間が終了しました。その年の 2 月の時点での米国、ヨーロッパにおけるシェアは 6%、アジア 20.8%(日本は 8% : 5 月) という状況でした。

シェアの状況からみるに、Internet Explorer 6 とのお別れは先進国では順調に行われたようです。なお、現在のシェアは、Internet Explorer - IE 6 Countdown で見ることができます。ちなみに 2014 年 1 月 6 日現在におけるワールドワイドでの Internet Explorer 6 のシェアは 0.96 です。

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(Internet Explorer - IE 6 Countdown のスクリーンショット)

 

もういちど Internet Explorer 6 に会いたくなったら

Internet Explorer 6 のダウンロードサイトは閉じられ、そのインストールイメージを入手することはできません。

しかし、もういちど Internet Explorer 6 に会いたくなったらどうすればいいでしょう?

今でも Internet Explorer 6 に会える場所は 2 つあります。ひとつはあなたの思い出の中、もうひとつは modern.IE です。

modern.IE では Windows XP + Internet Explorer 6 の検証用の仮想マシンを無償で公開しています。

なお、modern.IE については、このブログに紹介記事を書いていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

無償で Web ページの検証ができる modern.IE. とは?
http://blogs.msdn.com/b/osamum/archive/2014/01/14/web-modern-ie.aspx

 

これからの Internet Explorer

今年のリリース予定の Windows 10 とともに新しい Internet Explorer が登場してきます。この Windows 10 に搭載される新しい Web ブラウザーについては、現在さまざまなリーク記事や憶測が囁かれていますが、いずれにしろ、より深いレベルと Web 標準に準拠していくことはもちろんのこと、以前のバージョンの Internet Explorer 向けに作られた Web コンテンツについても支障なく使用できるよう解決策を提示していきます。(だからといって、今から旧バージョンの Internet Explorer をターゲットにした開発は行わないでください)

開発中の次期 Internet Explorer については Windows 10 の Technical Preview に含まれ、アップデートのタイミングで Web ブラウザーも更新されるのでぜひお試しください。

また Windows マシンをもっていない/もっと手軽に試したい人は、クラウド上の Windows 10 で動作する Internet Explorer を使用できる Remote IE も用意されていますのでこちらもお試しください。 Mac、iPad、Android デバイスなどからも使用できますよ。

 

おまけ : Internet Explorer のサポートポリシー変更について

昨年の 8 月にアナウンスがあったとおり、2016 年の 1 月 12 日以降は、その OS にインストール可能な最新の Internet Explorer しかサポートされなくなります。

具体的にサポートされる OS と Internet Explorer の組み合わせは以下のとおりです。(太字のものは既定の Web ブラウザーからのアップデートする必要があります)

image(2016 年 1 月 12 日以降サポートされる Windows と Internet Explorer の組み合わせ)

 

イントラネット システムで使用している Internet Explorer をアップデートすると、イントラネット内の既存の Web コンテンツを新しい Internet Explorer にマイグレーションする必要が出てきますが、その具体的な手順につきましては、昨年行われました Microsoft Conference 2014 の私の担当したセッション「その Web サイト、その Web アプリを最新の IE 11 に対応しよう」で紹介しておりますので、ぜひご覧ください。

 

<おしらせ>

「Microsoft Azure 史上最大のコミュニティイベント」とサブタイトルが入った、マイクロソフトのクラウド Azure のイベントが開催されます。
場所と日時は以下のとおりです。

GoAzure 2015 ~Microsoft Azure 史上最大のコミュニティイベント ~
場所: ベルサール渋谷ファースト
〒150-0011 東京都渋谷区東1-2-20 住友不動産渋谷ファーストタワー
日時 : 2015/1/16(Fri.) 10:30~20:00

参加料: 無料

詳細 : http://r.jazug.jp/event/goazure/

こちらもどうぞよろしくお願いします。

 

 

 

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